鏡を見るたびに、後退していく生え際と、薄くなっていく頭頂部に、ため息をつく日々。30代後半に差し掛かった私は、明らかに進行する薄毛に、深刻なコンプレックスを抱いていました。様々な育毛シャンプーや、育毛剤を試しましたが、気休めにしかなりません。私は、意を決して、AGA専門クリニックの扉を叩きました。医師の診断は、やはり「男性型脱毛症」。しかし、「今から始めれば、まだ十分に改善できますよ」という、医師の力強い言葉に、私は希望を見出しました。治療方針は、フィナステリドの内服と、ミノキシジル外用薬の塗布という、最も標準的な組み合わせでした。治療を開始して、最初の1ヶ月。期待とは裏腹に、私の髪に起こったのは、「初期脱毛」という、悪夢のような現象でした。シャンプーをするたびに、ごっそりと抜けていく髪の毛。枕についた抜け毛の数に、毎朝、絶望しました。「話には聞いていたけれど、本当に抜けるんだ…」。治療をやめてしまいたいという衝動に、何度も駆られました。しかし、医師の「これは、効いている証拠です」という言葉を信じ、私は、ただひたすら、毎日、薬を飲み、塗り続けました。2ヶ月が過ぎた頃、抜け毛の量が、少しずつ、減ってきたことに気づきました。そして、3ヶ月目。洗面台の鏡で、自分の頭皮をまじまじと見ていると、生え際の、後退していた部分に、まるで黒い点々のような、短く、しかし力強い「産毛」が生えているのを、発見したのです。その瞬間、私の心に、確かな光が灯りました。4-ヶ月、5ヶ月と経つうちに、その産毛は、徐々に太く、長くなっていきました。そして、治療開始から、ちょうど半年が経った日。私は、美容室で、担当の美容師さんから、こう言われました。「あれ?最近、何かやりました?髪、すごくしっかりしてきましたね」。その一言が、私の半年間の、孤独で、不安な戦いが、決して無駄ではなかったことを、何よりも雄弁に証明してくれました。